ジャズの合図(サイン) 〜“お約束”を知ればジャズはもっと面白い〜 vol.5

Take The “A” Train(A列車で行こう)
〜カウントひとつで、全員が同じ景色を見る理由〜
こんにちは。八王子ジャズフェスティバル実行委員会の中の人です。
第5回は、ジャズを代表するオープニング・ナンバー
Take the ‘A’ Train を取り上げます。
セッションやライブで、こんな瞬間を見たことはないでしょうか。
ピアニストが軽くコードを鳴らす。ドラマーがスティックを構える。
そして——
なぜ、事前の説明もないのに演奏は完璧に始まるのでしょうか。
この曲の正体:イントロそのものが“合図”
この曲は1941年、ビリー・ストレイホーン(Billy Strayhorn)が作曲し、デューク・エリントン(Duke Ellington)楽団のテーマ曲として世界に広まりました。
タイトルの“A列車”とは、ニューヨーク地下鉄Aライン、ハーレムへ向かう路線のこと。つまりこの曲は「出発」を意味する音楽です。ジャズの現場では長年、ライブの1曲目、セッション開始、バンド紹介後などに演奏される、いわば“発車ベル”のような存在になりました。
現場の“お約束”:ピアノが鳴ったら「乗車完了」せよ
この曲が選ばれると、まずピアニストがあの有名なイントロを弾き始めます。実はここが、最大の「合図」の瞬間です。
【イントロという名の運行計画】
ピアニストが弾くイントロは、単なる飾りではありません。「今日はこのくらいのスピード(テンポ)で走るよ」「ノリはこれくらい軽快にいくよ」という、その日の運行計画をバンド全員に伝える最終確認なのです。
【フロント楽器の「駆け込み乗車」】
イントロが終わる直前、サックスやトランペット奏者はピアニストの呼吸を盗み見て、完璧なタイミングでテーマに入らなければなりません。ここでタイミングを逃すと……列車は無情にも出発し、一人ホームに取り残されるという、セッションで最も気まずい瞬間が訪れます(笑)。
エリントンのピアノが鳴り出した瞬間にバンド全体がひとつの生き物のように動き出す、最高のお手本です
こちらはお約束のイントロなし!合図一発で最高速まで加速するスリル満点の演奏。警笛っぽいトランペットの音も面白いです
オーディエンス&初心者への見どころ
ライブで「A列車」が始まったら、ぜひ最初の数秒に注目してみてください。
今日の列車は、風を切るような「特急」か、それともゆったり景色を楽しむ「各駅停車」か。イントロ一発で決まるその日の「列車の色」を感じ取れたら、あなたも立派なジャズ・リスナーの仲間入りです!
ジャズの演奏は、長い打ち合わせによって成立しているわけではありません。
キー。
フォーム。
そしてイントロ。
小さな合図の積み重ねによって、即興音楽は驚くほど正確に動き出します。
もしライブで『A列車で行こう』が始まったら、それは単なる1曲目ではなく音楽の旅の出発合図なのかもしれません。
それでは、次回もお楽しみに!
次回予告
優雅なワルツの裏に潜む、拍子の罠。
4拍子が当たり前のジャズ現場で、なぜ3拍子のこの曲が「事故」を招きやすいのか?
『Someday My Prince Will Come(いつか王子様が)』
拍子を司るドラマーの「無言の合図」を紐解きます。
